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時を戻そう

by
ホッピー
文士
文士
ホッピー
少し時間は遡りますが、今回の東京遠征の少し前、感謝の宴に参戦することを決意した時点で、
3月14日(金)に東京入り、3月16日(日)に帰宅することは決めていました。
新幹線のチケットや2泊分の宿も確保して準備は万端・・・のはずでした。


しかしながら、感謝の宴のチケット抽選、リセールチケット争奪戦の結果、
DAY2のみの参加となったため3月15日(土)が1日フリーとなってしまいました。

そんな時、以前の投稿で新選組に関係する場所はほとんど網羅したと言っていたことを思い出しましたが、
調べてみると東京にはまだまだ新選組縁の地があることがわかりました。

ならば行かざるを得まいということで、今回は久しぶりの旅行記回です。



①毛利庭園

いきなり新選組とは関係ない場所ですが、訪れた順番的に仕方がありません。
都心のど真ん中、六本木ヒルズのお膝元に毛利庭園はありました。



毛利元就の子孫の屋敷があった場所ということで、赤穂浪士とも関係ある場所のようです。
新選組の羽織は赤穂浪士をリスペクトしているということなのでセーフとしましょう。
今後のカード追加で赤穂浪士が実装されることもあるんでしょうかね、47人実装するのは大変そうだ…。




都会のど真ん中にもこんなしっかりした庭園があるんですねぇ。




②専称寺

沖田総司のお墓があるという専称寺は六本木ヒルズのすぐ近くにありました。
残念ながらお墓は年1回の「総司忌」の時にしか公開されていないとのことです。
観光地的な雰囲気は全く感じられなかったので、中に入れずとも想いを馳せるだけにしておきます。

ちなみにお寺側は「総司忌」については把握していないということなので、
お寺に問い合わせはしないようにしましょう。





③試衛館跡

都営地下鉄大江戸線、牛込柳町の路地裏に試衛館跡はありました。
写真左側は当時からあったという稲荷神社だそうです。


碑はこちら、サークル「戦友試衛館」に所属する身としてはまさに聖地巡礼です。
稼働開始から間もなく参加したサークルなので、こちらももうすぐ3周年となりますね。




④小石川伝通院

新選組の前身である浪士組が結成された「処静院」があった場所です。


新選組の面々はもちろん、清河八郎、山岡鉄舟といった英傑大戦でおなじみの名前も出てきます。


案内板に記載されているとおり、こちらの墓地には多くの著名人の墓地もあります。
その中には徳川家康の母「お大」や徳川秀忠の長女「千姫」の名前があったりと、
徳川家に縁の深いお寺のようです、垂れ幕に葵の紋もありましたしね。



ちなみに最寄りの駅の「春日駅」の名前は春日局に由来しているのだとか。
今回は行けませんでしたが、近くには徳川家縁の史跡が複数あるようです。




⑤近藤勇と新選組隊士供養塔

板橋付近の刑場で処刑された近藤勇の胴体が埋葬されたのがこの場所。

駅前の公園みたいな感覚でありましたが、しっかりと区の指定有形文化財に指定されているそうです。




顔立ちは京都の壬生寺にあった像と似てるかな?


この供養塔の発起人は途中で近藤勇と袂を分かった永倉新八だそうです。
晩年には「新選組顛末記」を残していたり、現在の新選組の評価は永倉新八あってのものかもしれません。




⑥今戸神社

最後は沖田総司の終焉の地と言われる浅草の今戸神社
療養中に看病してもらっていた医師の松本良順が居を構えていたことが由来のようです。





こんな感じでひっそりと紹介されているのですが・・・


こちらの神社は「招き猫発祥の地」でもあるそうで、因縁のある猫に囲まれています。
晩年の沖田総司は庭に来た黒猫を斬ろうとして斬れなくて自分の死期を悟ったのだとか。
そんな土地が猫に囲まれているのは何だかやるせない気持ちになります・・・猫は好きですが。



ということで東京23区内の新選組縁の地巡りでした。
都心だと大きなスポットは限られてきますが、意外と英傑大戦縁の地があるものですね。
日ノ本の士を獲得した今となっては全国各地を旅する機会は少ないかもしれませんが、
訪れた地に英傑大戦縁の地があるなら是非とも訪れたいものです。
作成日時:2025/03/18 21:08
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