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自分の好きな偉人の傾向【!恒例の長文!】

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完全超悪
完全超悪
ここ最近、自分のYouTubeのトップには、【偉人敗北からの教訓】という動画で、今でも習うのか不明ですが、江戸時代後期に勃発した【大塩平八郎の乱】についての動画がピックアップされていて、小学生の頃に課題で 『自分で好きな偉人の新聞記事を書きなさい 』というものがありまして、当時から漫画で【その時歴史が動いた】シリーズを読んでおり、そこで知っていた 大塩平八郎 という人物を取り上げたことを今でも思い出します。彼は今川氏の末裔とも云われており、大坂の天満に1793年(寛政5年)生まれます。性格は清廉潔白生真面目だが、ストイック超短気という人物。


独学儒学を学び、与力を辞めた後は私塾を拓いてます。坂東町奉行所に見習いとして14歳から出仕するようになり25歳で与力(旗本の補佐など)になります。与力になってからは、組違いの西町奉行同僚与力の汚職内部告発したり、キリシタンを摘発したりと汚職を嫌い、不正を次々と暴いたりと見方の正しい人からは評価されたものの、その生真面目さを逆恨みして疎まれる事もあった。 その事から、私の尊敬するもう一人の人物と似通った点が多く、自分の尊敬する石田三成公と性格や、色々と通ずる点が見受けられました。

類似点⇩

・不正を許せない。・清廉潔白である。 ・負けても諦めず敗走して再起を図る。 ・民衆に慕われる。 ・利他的。・親しい人に決起をやめるよう言われている。・裏切りに遭う。 など…。

ちなみに、彼が一躍有名になったのは
【天保の大飢饉】が、洪水冷害が重なり、1833年〜1839年の間で、多い時には大坂では、毎日約150人から200人を超える餓死者を出していたと云われてます。この様な地獄絵図のような状態にも関わらず、大塩平八郎の上司の奉行は江戸の将軍へ儀式として大凶作の最中にも関わらず、大量の米を送ったり豪商による米の買い占めなどしており、一般人は飢饉に苦しんでおりました。その事に大塩平八郎は心を痛め、上司へ様々な対策などを献策しますが一切受け入れられず、貧困に苦しむ者たちに米を買い与えるため、自分と部下の禄米を担保に金を貸してくれと頼むものの彼が内部告発していたことを根に持っていた者によって封殺されてどうにもいかず、自分の儒学書などを全て売り払い民衆にその金を渡し、挙兵への参加を、促しました、が…密告によって大坂町奉行所に蜂起が発覚してしまいますが、蜂起は実行するも、当日に鎮圧された…。乱の後、彼は知人宅に潜伏するが、食事の量からその宅の女中に不審に思われ、密告されて結果的に小刀と火薬により自害して果てます。ちなみに、この【大塩平八郎の乱】は、大坂の5分の1を焼いたようです。利他的利己的に負けるのはおかしいですが、これが事実なのは虚しいですね…。

解説にかなり長文になりましたが、まだまだ足りないくらいです…。最後まで見て頂いてありがとうございます🙇‍♀      

ー終ー
作成日時:2024/03/20 01:38
カテゴリ
雑談・雑感
コメント( 2 )
KEN
KEN
3月20日 9時44分

勉強になりました。大塩平八郎の乱は有名ですが学校でもこういう乱があったよ〜位しか教えてくれませんからね…

完全超悪
完全超悪
完全超悪
3月20日 19時20分

>KENさん
コメントありがとうございます、この大塩平八郎の乱以外でもですがどんなことにも起因があり、物語がありますから興味が湧けば色々調べて貰えたら幸いです🙇‍♀

KEN
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