NEO29でございます。
また大戦俳句を思い付きました。こちらです。
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孫権の
諭しと教え
お見事だ
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三国志の君主:呉の孫権です。
有名な話で、部下の呂蒙(りょもう)に学問の大切さを教えてもおります。
実は、呂蒙。
孫権に教えを受けるまで、武将としては優秀でした。
しかし、お家が貧しく学問も触れる機会も無し。なので、読み書きも出来なかったと言われてます。
でも孫権は、無理な諭しはしなかったといいます。
台詞は、現代風に私なりアレンジしました。
「学問というが難しいことは、しなくてよい。
でも本を読めたり、文字がかける様になればだ。戦いも、生活ももっと良くなる。呂蒙よ。
お主には才能がある。私が保証しよう。なあに、学問といったが、武術の鍛練と思えばいい。私が直接教えよう。お主なら出来る。」
否定せずに、出来る様になれば良くなる、そう諭しました。
しかし、いざ教えると呂蒙はみるみる内に学問好きになり、本も読みはじめました。さらには軍師や学者とも国の在り方の討論まで出来る様になりました。
やがては軍師にも任命。そして三国志の欠かせない人物:関羽を策で打ち破りました。
まさに人に合わせた「諭しと教えをした」優秀な君主であります。お見事です。
なんか呂蒙に感動してしまいますね。助言を受け入れるのに初めは苦労があったと思います。めんどくさい、わからない、でも物にした。尊敬しますね。☺️孫権の慧眼にはあっぱれです。
ありがとうございます。呂蒙の様な境遇ですと「坂本竜馬」も該当します。ただ竜馬は、呂蒙と異なる点は、学校にはいけました。
しかし竜馬は、学校での学びが合わずでした。
「授業についていけない、体が弱い、からかいにあう、おねしょ、泣き虫」欠点だらけでした。ついには、我慢できずに喧嘩。退学になりました。
世間で「どうしようも無い人」と言われた中でした。
それでも姉の「坂本乙女」は、お母さんの様に、優しく読み書きを教えました。文字は、一緒になって書き、本は読み聞かせをした所からはじまりました。そして出来た時は「偉いぞ。竜馬」と誉めてました。
剣術は、竜馬は苦手で、よく泣いていたと言われてました。
乙女は「竜馬、それでも男か。悔しければかかってこい」と時には鬼の様になったと言われてます。
でも学びと剣術で自信をつけ、竜馬は一人立ちをしました。自ら
「俺は、色んな場で武者修行に出て、剣術を極めたい。いい国を作ってみたい」と、歴史に残る偉大な人物になりました。
「坂本乙女」も「孫権」と同じく、諭しかたと教え方が、上手でありました。ある意味では、才能を伸ばすのが上手い人でありました。現代でも、もしかしたらです。似た様な方がいるかなと、つい大戦の俳句を記載をして思いました。