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AIが校正した文章を校正してみた。

by
三宅前六品
三宅前六品



 先日、大戦組にて、AIに文章の校正をさせたとする記事が上がっていました。

 AIに文章を書かせることができるのは知っていましたが、AIに文章の校正ができることは知らなかったので、驚きました。

 


















 もはや、文章はAIが書くものになりつつあります。では、今後、人の手によって文章を書く必要はなくなるのでしょうか?

 私はそう思いません。というわけで、今回は、
「AIが校正した投稿をさらに私が校正する」という大道芸を見せたいと思います。

 そして、AIに文章を書かせることについての私の考えを簡単にまとめます。




















          原文


 
 ちなみにですが、原文の投稿者に許可は取っておりません。気に食わない場合は、大戦組管理人に削除要請を出して下さい。

 なお、私に対して、大戦組管理人から規約違反による削除の警告があった場合には、法律に基づき、異議申し立てを行います。
























        私の校正後の文章



 先日のセガのイベントにて『Fate/Grand Order Arcade』(以下、FGOAC)とのコラボが発表されました。
 
 事前のインタビューの記事からFGOACとのコラボを予想できていた方も多かったのではないでしょうか(私も、その一人です)。
 
 英傑大戦とFGOAC、ゲームセンターで稼働する作品同士のコラボということで、内容にも期待が高まっていたかと思います。

 キャラクター選出や原作準拠の計略の評価は、作品に詳しい方々にお任せするとして、今回、私が考えたいのは「EXコラボとPLコラボの違い」についてです。











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 英傑大戦のコラボカードには、大きく分けて二つの区分があります。


 一つは『キングダム』や『逃げ上手の若君』などの「PLコラボ」。
 
 もう一つは『CODE OF JOKER』や『CHUNITHM』などの「EXコラボ」です。


「PLコラボ」と「EXコラボ」それぞれの特徴を、私の認識でまとめると以下のようになります。





















▼PLコラボの特徴
  • 他社作品とのコラボ。
  • PLコラボカードは、原則、1アカウントにつき1枚のみ排出されるため希少性が高い。
  • PLコラボカードは、ゲーム環境に影響を与えるような、特徴的な計略やスペックを持つことが多い(という印象)。



















 
 
▼EXコラボの特徴
  • セガの自社作品とのコラボ。
  • EXコラボカードは、後日、金剛石ショップなどで追加獲得が可能(獲得枚数に制限がない)。
  • EXコラボカードは、友好度を300まで上げることで「絆カード」が作成できる。
  • カードフレームや戦闘BGMといった、カスタマイズ要素が追加されることがある。
 

















 
 

 FGOACはセガが開発に携わっているため、
「自社コラボとして、EXコラボになるのでは!?」と、公式生放送を少し浮き足立ちながら見ていましたが、PLコラボでした。

 おそらく、権利関係の問題があるのだろうと推測しますが、そのあたりの話は今回の趣旨ではないので割愛します。


















 上記したようにコラボの特徴を比較すると、EXコラボの方がプレイヤーに恩恵が多いので、
今回のFGOACがPLコラボであったことに少し寂しさを感じました。

 コラボ発表前は「FGO仕様のカードフレームやBGMが使えるかも?」と胸を膨らませていましたからね。

 まあ、だとしてもFGOACとのコラボ自体にケチをつけたいわけではないので、その点は理解のほどをお願いします。









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 ここからは、今回のFGOACコラボに限らず、コラボ全体に対して個人的に思うことを書きます。


 英傑大戦の3Dモデルは、過去作のモデルと比較してクオリティが非常に高く、キャラクターゲームとしての魅力を大きく引き上げています。

 ただ、過去の三国志大戦や戦国大戦では、すべての武将に個別の3Dモデルが用意されていましたが、英傑大戦ではER武将しか個別の3Dモデルがありません。

 したがって、ER未満の武将の3Dモデルは、全て同じで汎用の演出になります。ただし、
この汎用演出自体は、私好みなので決して不満はありません。




















 なお、コラボカードのレアリティはER未満に設定されるので、コラボカードに個別の3Dモデルは用意されていません。


 様々な事情で3Dモデルを用意するのが難しいのは分かりますが、結果として、キャラクターゲームとしての魅力を損ねています。


















 
 
 コラボカードと既存の武将との差別化要素は、主に「イラスト」「セリフ」「スペック(数値)」の3点であると私は考えています。

 コラボカードの中には特徴的な計略やスペックを持つ武将もいますが、それは、あくまで数値上の違いであり、プレイ中の”演出”には影響を及ぼしません。

 コラボカードのシステム上の演出は既存のカードとほとんど変わらないため、コラボカードの満足度は「イラストとセリフ」という限られた要素だけで、担保しなければなりません。

 プレイヤーが
コラボカードを使う理由を「そのキャラクターが好きだから」という一点に集約するのでは、キャラゲーとして不十分です。

 
 
 


















 
 
 EXコラボとPLコラボを比べてみても、ゲームシステム上での、カード自体の扱いは大きく変わりません。
 
 しかし、私はEXコラボこそ、作品の魅力をゲーム体験に深く落とし込んでいるのではないかと感じています。


















 一般的に、コラボの主な目的は新規プレイヤーの獲得にあると言われます。この点においては、話題性の高い作品が多いPLコラボの方が影響力は大きいかもしれません。

 しかし、コラボには新規プレイヤーの獲得だけでなく「既存プレイヤーのモチベーションを高める」という目的があります。

 コラボでモチベーションを高めるために重要なのは、新たなカードの追加によるゲーム環境への刺激。そしてもう一つが、世界観の拡張です。

 時折、コラボカードは「世界観を壊す」といった意見も見られますが、私はこの「世界観の拡張」こそが、コラボカードの醍醐味だと考えています。

 そのため、世界観を壊しすぎないのであれば、コラボごとに、もっと個性を出しても良いと私は思います。


















 そして、コラボの個性を実現しているのが、EXコラボにおけるカードフレームとBGMの追加であると、私は思っています。

 PLコラボの魅力は主に「イラスト」と「ボイス」にあると書きましたが、EXコラボでは、それに加えてカードフレームやBGMが手に入ることがあります。

 コラボで入手したBGMは、計略を発動している間だけでなく、試合中、ずっとコラボ作品の楽曲が流れ続けます。

 コラボカードの数秒間のセリフで得られる満足感も大きいですが、数分間にわたって流れる楽曲で、コラボの世界観に浸れる体験は、より大きな価値があると思います。

















 カードフレームも同様で、プレイ時のカード性能が変わるわけではありませんが、手元を確認する際や、マッチングの待機時間など、ふとした瞬間に自分の好きな作品の世界観を感じることができます。

 だからこそ、私は、こう思うのです。
「ゲーム体験をより豊かにしてくれるのは、PLコラボより、EXコラボの方ではないか?」と。

 もちろん、話題の作品とのPLコラボは嬉しいです。しかし、ゲームプレイの没入感を高めてくれるのは、カスタマイズ要素が充実しているEXコラボの方だと私は感じています。



















 PLコラボ時の没入感を高めるための改善案として、PLコラボに合わせて、コラボキャラクターの声優のシステムボイスを追加するのはいかがでしょうか?

 システムボイスなら権利関係の問題をクリアできそうですし、違和感なくゲームの没入感を高めることができます。
 


 そして、いつかPLコラボでもカードフレームやBGMが追加され、作品の世界観をより深く楽しめる日が来ることを私は願っています。











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geminiに文章を校正してもらって修正したら凄い言いたいことを言ってくれたけど文章から個性が失われたような気もする。
まあ曲解されて伝わるよりも言いたいことが伝わるならばそれが正解だ。
 




















          修正ポイント



・字下がりを行いました。
・段落ごとに大きく余白を入れました。
・センテンスごとに余白をいれました。
・主語、目的語を追加しました。
・代名詞を減らしました。
・句読点を追加しました。
・必要な表現を追加し、不用な表現を削除しました。
・文章の前後を入れ替えたところがあります。
・浮いてる文章がつながるように調整しました。
・例えが理解できなかったのでカットしました。
・動画をカットしたので、その説明もカットしました。


 
 上記を詳しく説明すると、長文になるため、詳細は割愛します。なお最後の段落の投稿者が書いた文章は校正していません。




















 というわけで、AIが校正した文章を校正してみました。私が校正した後の方が、ずっと読みやすくなっていると思います。

 まあ、英傑大戦を知っている私と正誤の判断を確率で行なっているAIとの校正対決だと流石に勝負になりませんね。

 原文のほぼ全てのセンテンスで校正を入れてます。文章を読んでも意味の分からないところが多くあったので、直すのに苦労しました。

 また、原文には文章がつながってないところも多くありました。文章をつなげるために原型がなくなるぐらい直したところもあります。

 















 

 AIの進歩は著しく、文章を読んでも人が書いたものなのか、AIが書いたものなのか、私は区別がつきません。

 上記の投稿は、AIに校正させた文章と最後の段落の自分で書いた文章の落差が大きく、自分で書いた方は読点がないので、「AIで書いた文章なのかな?」と気づくことができます。

 もし、この投稿者がAIに全文章を校正させていたのなら、私はAIに書かせた文章であると、気がつかなかったでしょうね。

















 今回の投稿を読んで、AIは読点の校正ができることを知りました。私が句読点を追加したところはありましたが、おおむね適切に句読点を使えてます。

 また、AIは字下がりは行わないようです。なので、字下がりをしていて句読点を使用してない文章は人の手で書かれた可能性が高いです。

 まあ、そんな文章の書き方をする人を見たことはないですが・・・。

 













 さて、文章をAIに書かせることについて、私は賛成派です。書くのに何十時間もかかった文章が、AIなら数秒で終わらせることができます。

 AIは、ネットから情報を拾ってきたものを組み合わせて文章にしてるので、人がネットで調べる時間も節約することができます。

 AIが書く文章に違和感はなく、普通の人より文章が上手いので、ごく一部の人を除けば、自分で書くよりAIに任せた方が良い文章が書けます。

















 また、法律の知識がないと起こすことが難しかった裁判も、AIに訴状を書かせれば、弁護士を雇わなくても裁判を起こすことができます。

 弁護士費用である着手金に20万円〜30万円、成功報酬で請求が認められた額の10%〜20%を節約することができるのは大きいです。

 なお、実際にAIが書いた訴状で裁判を起こした人がいたことから、弁護士ではないAIが弁護士業務を行なっている、として現在、AI運営会社が訴えられてます。


















 このように、AIに文章を書かせることは、非常に有用です。しかし、それでも私は文章を書く練習をするべきだと思います。

 上記の通り、AIが校正した文章を校正して、分かりやすく直してみせましたが、このようなことができるのは、私が文章を書けるからです。

 文章を書く練習を行い、国語力を高めていないと、文章を読んだときに正誤の判断ができません。AIに校正させたとしても、最終的に正誤の判断するのは人間です。

 また、AIはネットの情報を拾って文章にしてます。そのため、ネットに載ってないことについての文章は人が書かかなければなりません。


















  私にとって文章を書くこととは、自分の中から言葉を絞り出す、苦しい作業です。しかし、文章を書き終え、自分の納得できるものが書けたときは、清々しい気分になります。

 この気分の良さは、苦労して自分で文章を書いているからこそであって、AIに文章を書かせていたのでは、この気分を味わうことは出来ません。




















 昨今のAIの進化の早さ、AIの有用性を考えると、AIに文章を書かせる流れは、もはや止められないでしょう。

 自分の磨いた文章を書く技術が廃れていくのは寂しいものがありますが、汽車や自動車が発明され、馬車や馬具が廃れていったのと同じように、これも時代の変化です。

 今後、文章を書くときには、どのようにAIを活用し、そして、人の手にでしか書けないものとは何か、を考えていくことが重要になると思います。




















 上記の投稿者は最後の段落で「AIに書かせた文章を書かせると、個性がなくなる。」と主張してます。大きな勘違いをしているようなので、注意しておきます。







     「文章に個性は必要ありません。」



















 個性的な文章など読みにくいだけです。文章は内容で考えさせることはあっても、何が言いたいか分からなくて考えさせることはあってはなりません。

 「これ以上、分かりやすい文章はこの世にない。」というところまで書き込んでようやく、読んだ人からすれば普通の文章なのですよ。

 













   




 「個性は出るものであって、
           出すものではありません。」







 おしまい








 
更新日時:2026/03/22 15:05
(作成日時:2026/03/22 10:24)
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