「最後に、コーチお願いしまぁーす」
「今日から夏休み明けだから通常メニューに戻すがな、メニュー軽くなったからって気ィ抜くんじゃねぇぞ!最初30分各自筋トレ及び自主トレ、1年はランニング!ホワイトボードに名前ある奴は3年が素振りチェック!その後はメニュー通り!以上!アア、それとォ!」
コーチがリアル般若顔でもう一度向振り向く。
「オイ上原ァ!テメェも鈍ってんだからランニングだ!後、部活終わったら俺に報告!顧問に連絡してお母ちゃんに帰りますって電話するんだからな、ブワッハハハハハ!!!」
山賊みたいなバカ笑いに後輩たちの苦笑いが混ざってる。そりゃ笑うよなぁ、高2になって毎日保護者に帰宅報告入れるとかよ。
結局、あの日帰宅した俺は散々怒鳴られて学校と塾に詫び電話入れさせられて、代償として24時間を親の支配下に置かれるハメになった。
3万の負債が無くなるまで小遣い制廃止、ジュンとの交友禁止、スマホ使用制限、学校と塾は登下校時に報告をする。デッキとICカードも、ジュンの親から存在がバレて没収されて捨てられた。
後からジュンに聞いたけど、師匠曰くヒカリンさんは都内の大学4年生で、夏休み期間に田舎に帰ってきてたらしい。そのまま都内で就職が決まってるから、きっとゴーワンに来ることもないんだそうだ。
結局俺は、ヒカリンさんの本名も連絡先も知らないままだ。
まだクソ暑い校庭を1年とランニングしながら、夏休みのことを思い返してみる。
初めてヒカリンさんにあった日、師匠に教えてもらって勝った試合、飲み会で喰った焼きギンナンの味、大会の試合とその後。
全部強烈に覚えてる、忘れるはずない…って思ってたのに、なんだかちょっとずつボヤけ始めてる。
「ゥオッシ!練習終わりィ!最後、45分まで練習試合!1年が最初審判やれ!始め!」
「オイ上原ァww久しぶりだから付き合ってやるよww」
「…ああ。頼む」
コーチが言った途端佐々木がニヤニヤしながら言ってきた。まったく、雑魚狩り楽しそうだよな。
「先攻、上原!0-0!」
ブランク明けだしまともにやってもしょうがねぇや。これでも喰らいやがれ!
バシュ――
――パチンッ!
「1-0!」
「…オイ上原ァ、真面目にやれよぉwwガキみてぇなドライブサーブしてんなよww」
「…」
バシュ――
――パチンッ!カツーーン…
「2-0!サーブチェンジ、佐々木!」
…おいおい、こんな見え見えの、あからさまに前回転しか打てねぇフォアドライブサーブだぜ?こんな下らねぇの打てねぇのかよ佐々木クンよぉ。
「ふざけやがって…」
コンコン――
――バチィン!
「0-3!」
「オイ上原ァ、いい加減真面目にやれよ!右ガラ空きにしやがってバカにしてんじゃねぇ!」
「真面目だよ?だいぶ差があるからな、アホみてえな戦法真面目にやってんだよ」
「ふざっけんな…」
佐々木が、台の上で掌の玉を弾ませる。お決まりのコイツのルーティーンだ。二回、三回――
――あ。
震えてる。
「ダブルフォルト!0-4!サーブチェンジ、上原!」
ビビってんのか、キレてんのか?
ビビってるってことは流石にねぇか、幽霊部員のド素人みたいなハッタリプレーだかんな。
「4-2!サーブチェンジ、佐々木!」
佐々木の目がちょっと泳いでコーチを見た。
ああ、なるほどね。あんなギョロギョロ睨まれてちゃビビるよな。
「7-3!サーブチェンジ!」
「いいぞぉ上原!いい感じで来てる!もうちょい緩急つけろ、短いのも入れて惑わしてけ!」
はぁ?
緩急だぁ?惑わすだぁ?
いやいや。春日先輩、違ぇだろ。
「8-3!」
勝負って、流れだろ。
「9-6!」
「上原テメェ舐めてんじゃねぇぞ…」
俺と相手の、流れと流れがぶつかって、
「9-7!サーブチェンジ!」
相手に対応して、無理やり押し通して、相手より強く流れようとして
「10-7!マッチポイント、上原!」
「佐々木テメェ何やってんだァ!そんな見え見えのドライブばっか喰らいやがって!コースを変えろ、変えさせるんだよォ!夏の間なにやってたんだドアホォ!!」
そんで相手の流れを飲み込んで、もっともっと強く流れる――
「上原、テメェ…」
――そういう奴が勝つんだろうが。
「11-7!ゲームセット、上原!」
「やるじゃないか上原!ちょっと一辺倒だったけどな」
「…ハァ、あざっす。先輩」
「いやいや、ホント良かったよ!フォアのキレで押し切ったな、夏の間特訓してたんじゃないか?」
「うーん、まぁ、そっすね…」
もう一度、この前の夏休みを思い返してみる。
…だめだな、やっぱ全部、何だかぼやけちまってる。
「なんだよ、隠すことねぇだろ!実はやってたんだろ?」
ぜんぶ消えて、霞んじまったんだ、
「いや、ホント…。無駄な夏休みだったんで」
何が残ったかなんて、分かるもんか。
【プレイ回数残:???回】
おしまい。