お疲れ様です。
クリスマス間近、街も鮮やかに色づく頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
普通に朝寒すぎて布団から出れねえぞオイ。
前回の初投稿(牛耳のやつ)は長文にもかかわらず、そこそこご好評いただいたようでありがとうございます。
が、2回目は省エネで行きたいと思います。
今回取り上げるのは春秋五覇からの繋がりで、こちらの方です。
「鳴かず飛ばず」
「鳴かず飛ばず」は、
今では「ずっと活躍できていない」「うだつが上がらない」「三流」「ゴミカス」といったネガティブな意味合いが強いですが、
本来は「将来の活躍に備えて行いを控え、機会を伺う」という意味です。
英傑大戦にも登場する「楚荘王」の若い頃のエピソードが由来です。
楚・荘王(在位:紀元前614年~591年)
今から2600年前に活躍した楚の王様で、
中国史において今なお評価の高い人物です。
「
楚」という国は、
元々は周王朝の範囲外である中国南方にある大国でした。
場所は揚子江中流域、今でいう湖北省・湖南省にあたります。
〈
楚の位置〉 ※世界の歴史まっぷより引用
荘王は楚の6代目で、紀元前614年「暴君」と言われた父王の死去に伴い、若くして即位しました。
即位後まもなく親族に反乱を起こされるなど、油断のならない状況にもかかわらず、
荘王は毎日酒宴を行い、美女を侍らせ放蕩三昧の日々を送っていました。
美女パーティーのイメージ
(美女・・・?こ、好みが分かれる所でござろう)
こんな感じでおよそ3年もの間、遊びほうける荘王をみて、
家臣も当然気が緩み、仕事を放って出仕しなかったり賄賂が横行したりと国政は乱れに乱れました。
パーリーナイトも遂に3年目を迎え、伍挙という家臣が両側に美女を侍らせている荘王に進言します。
「王様、謎々をしましょう。ある鳥が3年の間、全く飛ばず、全く鳴きませんでした。この鳥の名は何でしょうか?」
荘王はこれに対し
「3年間飛びも鳴きもしない鳥は、ひとたび飛べば天を衝くほど高く飛び、鳴けば人を驚かすだろう。伍挙よ下がれ。私にはお前が言いたい事は分かっている」
まさにこれは👆のカード裏のセリフですね。
さらにしばらくして、蘇従という別の家臣がもう一度諫言を行ってきたのですが、
荘王が「法(諫言すれば死罪ということ)は知っているな」と釘を刺したのに対し、
「我が君の目を覚ませるなら本望です」と蘇従が健気に答えたのを聞いて、
「よくぞ申した」と膝を打った荘王は、
その日からガラリと人が変わったように国政の改革にとりかかりました。
つまり荘王はあえて暗君のふりをして家臣の忠節を見定めていた訳ですね。
それから荘王は私腹を肥やしていた
悪臣数百人を誅殺(←!?)し、
伍挙と蘇従のような忠臣数百人を取り立てて、
人材を入れ替えて国の改革に成功した、というエピソードです。
(数百人の家臣をヌッ殺したり、二十万人生き埋めにしたり、中華はスケールがでかいですね)
以上のエピソードから、「あえて愚者を装い、機会を伺う」といったことを「鳴かず飛ばず」と形容するようになりました。
織田信長のうつけエピソードを思わせる逸話で、
似たようなエピソードは日本にも中国にも残されています。
英傑大戦の荘王も長時間我慢系計略なので、この逸話をうまく再現したカードデザインになっていますね!
というわけで、
皆さんもうだつの上がらない同僚や上司がいたら、
「あえて鳴かず飛ばずをやってるのかもしれない」と油断しないようにしましょう。
いや、結局死ぬまで鳴きも飛びもしない可能性もあるのですが。
〈なぜ荘「王」だったり桓「公」だったりするのか〉
そういえば春秋五覇の爵位も、よくみると「公」だったり「王」だったりしますよね。
「公」であれば周王朝の臣下(王より下)、という扱いなのですが、
楚や越のように「王」を名乗るのであれば「うちは周王朝とは別の王国だよ」という意味合いが強いです。
(まあ周の権威が衰え、ゆくゆくはみんな王を名乗っちゃうんですけどね)
楚、呉、越といった江南(揚子江以南)の国は、元々は周王朝とは異なる文化圏だったわけですが、
時代が進むにつれて、中華諸国の一角とみなされるようになり、最終的には始皇帝に統一される形で完全に中華の領域になります。
勉強になるー