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薩摩隼人ってスゲー!

by
佐伯
文士
文士
佐伯
前回からの続き


宮崎方面から電車で鹿児島駅に移動




鹿児島駅のホームに降り立った瞬間に見えたのがこちら、桜島ですね
これは…写真や言葉では表せない感動でした
「桜島は鹿児島の心だ」って某県民紹介番組で聞いたのですが、よくわかりました
この光景が目に入るだけで気分がぶちあがる感じがしますね




鹿児島駅トイレ入り口に展示されていた薩摩切子
戦国大戦の時の島津家イメージカラーとあっていて非常に綺麗




内城址の碑ですが、学校が周囲にあるので映り込みに配慮が必要です
案内板は有りますが、島津家のことは割とさらっとしか触れられていません
柳川の時もそうですが、城址に学校が建てられると遺構はほぼ残らないですね…
特徴的だったのは、ここが起伏も無く川も無く海に近い立地にあるということ
攻められた際にどうやって守るんだと気になりました




南洲翁終焉之地、つまり西郷隆盛が別府晋介により介錯された地です
住宅街の中にあります




西郷隆盛の私学校跡です
西南戦争のきっかけはこちらの学生の蜂起によるもの…複雑ですね




西南戦争の銃弾跡が残る石塀です
佐賀城の鯱門なんかも銃弾跡がありますが、こちらの石塀は文字通り蜂の巣になっています
苛烈な攻めにさらされていたことがうかがえます




鹿児島城御楼門、かなり大きくて立派ですね
鹿児島城は1601年に島津忠恒によって建てられましたが、その際に島津義弘から「海に近すぎる」と言われたらしい




御楼門のすぐ内側の石垣にも無数の銃痕があります
中には銃弾が残っている個所も…




天璋院・篤姫像
大河ドラマが人気を博した影響で建てられたとのこと
幕末を題材にした大河ドラマの中ではかなり好評だったらしい?




小松帯刀像
近くには小松帯刀住居跡の碑もあり、その場所には眼科医があります




西郷隆盛像
上野にあるものとは違い、軍服を着ています
近くで撮影しようとすると逆に撮りづらいので、道路を挟んで撮影




島津三公の像、近くにあるので纏めて紹介…
左から島津忠義、島具斉彬、島津久光です
薩摩藩最後の藩主である島津忠義は英傑大戦に居ませんが、いずれ追加されるでしょう
この像がある照国神社、御祭神は島津斉彬公となっております




照国神社の大鳥居
ビジネスホテルの5階と同じぐらいの高さがある




サープラあそびタウン天文館に行き、鹿児島の士をゲット…
しかし3月31日に稼働終了するとのこと、ここもか
天文館は南国アイスホッケー部でよく聞いていた地名でムフフな感じかと思ったが、広島の本通りみたいなところだった




西郷隆盛誕生地の碑…そして右に小さく西郷従道誕生地の碑があります
英傑大戦の西郷従道なら「凄いのは兄さぁじゃ、わしはこれで十分だよ」って言いそう(掛かり
この周辺には大久保利通誕生の地や伊地知正治誕生の地など、道を歩けば薩摩藩士の足跡に当たります




大久保利通像です
他の薩摩藩士の銅像があるエリアとは少し離れた場所に建っているのは…思うところがあるんでしょうかね?
こちらも西郷隆盛像のように道を挟んだ方が撮影しやすい





軽羹じゃ~!

右が軽羹(市来琴のホワイトデー台詞)
左が軽羹饅頭(西郷従道のバレンタイン台詞)で、軽羹の中に餡が入ったもの
すごくもっちりした蒸しパンといった触感で、甘すぎない優しい味
個人的には餡がないプレーン軽羹の方が好み



鹿児島ってどういう場所かと思っていましたが、意外と人が多く賑わっていてビックリしました(失礼
熊本市とか大分市より全然活気にあふれとるぞ…いや、小倉より賑わってたかもしれん
更新日時:2026/03/20 20:53
(作成日時:2026/03/20 20:52)
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